(第77号)生産緑地の2022年問題は予想外-89%が生産緑地(農地の継続)を希望

 
(投稿・令和4年10月-見直し・令和7年3月)

 第76号「生産緑地指定解除の2022年問題と固定資産税の対応」でお知らせしたとおり、1991年(平成3年)から指定されている生産緑地が、30年後の2022年(令和4年)に指定の解除(買取りの申出)が可能になりました。

 

 生産緑地の解除が可能となると、多くの生産緑地(農地)が宅地化されるのではないか(2022年問題)との予想は見事に外れました。つまり、生産緑地のほとんどが特定生産緑地(農地)として継続されるということです。

 特定生産緑地制度は、2017年(平成29年)に生産緑地法が改正され、市町村長が、生産緑地の所有者等の同意を得て、買取り申出基準日より前に特定生産緑地として指定され、買取りの申出が可能となる期日を10年延期する制度(「特定生産緑地制度」)が創設され、既に平成30年4月から施行されています。

特定生産緑地制度の概要

 この特定生産緑地に指定されることにより、引き続き生産緑地が保全され、良好な都市環境の形成が図られることが期待されます。

 昨今では、多くの都市で人口減少が進み、宅地需要が沈静化しつつある中、農地の転用により住宅供給等を推進する必要性が低下しています。

 また、生産緑地は、身近な農業体験の場や災害時の防災空間などとして多様な機能をする場として、都市における重要な土地利用でもあります。

 特定生産緑地制度の概要は次のとおりです。

生産緑地の所有者等の意向を基に、市町村長は告示から30年経過するまでに、生産緑地を特定生産緑地として指定できます。
 ただし、30年経過した後は特定生産緑地として指定できません。
指定された場合、買取りの申出ができる時期が10年間延期されます。
10年経過する前であれば、改めて所有者等の同意を得て、10年の延長ができます。
特定生産緑地の税制については、従来の生産緑地に措置されてきた固定資産税の一般農地としての評価、課税及び相続税の納税猶予が継続されます。

特定生産緑地の指定メリット

営農を続ける際のメリット

固定資産税等は引き続き一般農地として評価、農地課税となります。
特定生産緑地の指定を受けてから10年毎に継続の可否を判断できます。
 特定生産緑地の指定は、10年毎の更新制です。
 10年間の間に相続等が生じた場合は、これまで同様、買取りの申出が可能です。

相続する際のメリット

次の相続での選択肢が広がります。
 次世代の方は、次の相続時点で相続税の納税猶予を受けて営農するか、買取りの申出をするか選択できます。
農地を残しやすくなります。
 次世代の方が、第三者に農地を貸しても、相続税の納税猶予が継続します。

特定生産緑地の指定見込みが89%

 ところで、国土交通省が実施した、「特定生産緑地の指定意向に関する調査」によると、令和4年6月末時点で、「指定済」「指定受付済」「意向あり」が面積ベースで89%を占めています。

<特定生産緑地の指定見込み>

 令和4年6月時点で「生産緑地の継続(特定生産緑地)」の希望が89%とは驚きました。

 しかし、大都市圏の市町村においては、30年前には「市街化区域であるので市街化を進める」と考えていたのですが、昨今では「できるだけ都市にも緑を残したい」と変わってきているのも事実で、これは市町村の思惑も反映されているものと思われます。

 その状況が如実に表れているのが、都道府県別の「特定生産緑地」指定見込みグラフですが、東京都、大阪府での「指定済・指定見込み」が圧倒的な割合となっています。

<都道府県別の指定見込み>
 
2022/07/31/12:00
 

 

(第76号)生産緑地指定解除の2022年問題と固定資産税の対応

 
(投稿・令和3年7月-見直し・令和7年3月)

 生産緑地とは、1991年(平成3年)から生産緑地法により、都市圏の市街化区域内の農地のうち、生産緑地地区として都市計画決定がされている農地です。

<生産緑地地区の標識>
 現在では東京ドーム約3,000個分にも相当する農地が生産緑地として指定されていますが、そのほとんどが東京都、大阪府、愛知県とその近郊の圏内に集中しています。

 この生産緑地が指定から30年後の2022年(令和4年)に指定の解除が可能となりました。そうなると、土地を売却するなど、これまで生産緑地だった土地が一気に市場に流出し、土地の価格が暴落したりすることも懸念されていました。

 これを「生産緑地の2022年問題」とも言われていました。

 しかし、次号でお知らせしますが「生産緑地の2022年問題」は「取り越し苦労」でありました。

生産緑地とは何か

(1)30年間の営農義務(2022年まで)

 生産緑地に指定されている土地の所有者に対しては、「30年間の営農義務」が課されていました。また、営農義務以外にも次のことを守る必要があります。

生産緑地を農地として管理しなければならない。
生産緑地である旨を掲示しなければならない。
生産緑地地区において建築物や工作物の造成、土地に手を加える行為はできない。ただし、農林漁業を営むための施設等は市町村長の許可を得て設置・管理できる。

(2)固定資産税の優遇

 市街化区域内にある農地(市街化区域農地)は、通常宅地並みの固定資産税の評価・課税がされますが、生産緑地地区内にある農地は、市街化調整区域内の農地(一般農地)として評価・課税されています。

 

(3)相続税の納税猶予

 相続や遺贈により生産緑地を取得した場合、その取得者は生産緑地分の相続税の納税猶予を受けることができます。ただし、あくまでも「納税猶予」であることに注意が必要です。
 例えば、相続人が営農を廃止した場合、相続時までさかのぼって相続税が課税されるとともに、猶予期間に応じた利子税まで支払うことになります。

生産緑地の2022年問題

 生産緑地に指定されている間は「営農義務」が課され、他人に譲渡することもできませんでしたが、30年の「営農義務」経過後は市町村に対して買取の申し出を行い、市町村が買い取らない場合は、民間に売却することが可能でした。

 この結果として、土地が大量に市場に供給され、地価の下落を引き起こすことも懸念されていました。この生産緑地問題は「2022年問題」とも言われていました。
 生産緑地の指定が解除されると固定資産税の減免もなくなることから、所有し続けることの負担が大きいことも「2022年問題」が懸念される理由の一つでもありました。

生産緑地法の変遷

(1)新生産緑地法改正(2017年)

 2017年に改正された新生産緑地法の内容とポイントです。

① 特定生産緑地指定
 生産緑地は30年の「営農義務」経過後は市町村に対して買取の申し出ができますが、特定生産緑地に指定された土地は、買取の申し出をできる時期が10年先送りにされることになりました。ここで先送りされた場合は、固定資産税の減免などの減税措置を引き続き受けることができます。これにより「2022年問題」の影響を緩和する意図があります。

② 条例による面積要件の引き下げ
 生産緑地地区の面積要件はこれまで500㎡でしたが、市町村が一定の基準のもと、条例により面積要件を300㎡に引き下げることが可能となりました。これは、500㎡という要件が都市部の農地にしては広いものだったことが改正に至った要因です。

③ 行為制限の緩和
 これまで生産緑地内に設置できるのは農業用施設のみでしたが、これでは所有者が生産緑地を使って収益を得ることが難しい状況にありました。こうしたことから、改正後には地元の農産物を使った商品の製造、加工、販売のための施設やレストランを設置できるように変更されました。

(2)田園住居地域創設

 2018年4月1日に改正された都市計画法の施行に伴い、用途地域に田園住居地域が新たに追加されました。
 田園住居地域は住居系の「農業の利便の推進を図りつつ、良好な低層住宅の環境を保護する地域」です。つまり、農地と市街地の共存を図る目的で田園住居地域が追加されたということです。

(3)都市農地賃借法制定(2018年)

 「都市農地賃借法」を一言で表すと、「生産緑地の所有者が生産緑地を第三者に貸しやすくなる法律」です。

① 法定更新適用なし
 一般農地も第三者に貸すことはできますが、農地法により賃貸借契約が自動更新される法定更新制度が適用されてしまい、一度農地を貸したら返してほしいタイミングで返ってこない可能性がありました。しかし、都市農地賃借法の適用を受けられる生産緑地においては、法定更新制度の適用から除外されるため、安心して農地を貸せるようになっています。

② 相続税納税猶予制度は継続
 都市農地賃借法の適用を受けて生産緑地を貸し出すと、生産緑地を第三者に貸し出しても相続税の納税猶予制度を継続して利用できるようになりました。

2022年における選択肢と固定資産税

(1)生産緑地の買取申出後に売却か有効活用する

 30年経過後、市町村に生産緑地の買取りを求め、市町村が買取らず3ヵ月間経過した時点で、民間への売却が自由となりました。

(2)特定生産緑地の指定を受けて営農を継続する

 今後10年間、従来どおりの生産緑地(営農)を続けるため、特定生産緑地の指定を受ける。
<固定資産税は、一般農地課税が継続されます(延長も可能です)。>

(3)特定生産緑地の指定を受けて市民農園等に貸借する

 特定生産緑地の指定を受け都市農地賃借法の適用を受けて、市民農園等で第三者に貸借する。
<固定資産税は、一般農地課税が継続されます。>

(4)特定生産緑地指定に指定されなかったが農地を継続する

 この場合は宅地並みの市街化区域農地となりますが、激変緩和措置があります。
<固定資産税は、30年経過後1年目(市街化区域農地の0.2)・2年目(0.4)・3年目(0.6)・4年目(0.8)・5年目~(1.0)>
 
2022/07/31/10:00
 

 

(第75号)固定資産税の個別評価に不動産鑑定が通用するか(家屋編)

 
(投稿・令和4年6月-見直し・令和7年3月)

 今回は、前回に続いて、「固定資産税の個別評価に不動産鑑定がどこまで通用するか」の家屋編として、「伊達市固定資産評価審査委員会決定取消請求事件」を紹介します。

 これまで、固定資産税の家屋評価方法が再建築価格方式で大変複雑で「課税誤り」の原因にもなっていることを説明してきました。

 また、第73号で「固定資産税評価の再建築価格方式と不動産鑑定評価の原価法との相違」をお伝えしました。

 

伊達市の家屋に関する訴訟

札幌地裁の判決

・判決日:平成10年11月17日
・原告:B
・被告:伊達市長
・判決:原告・B敗訴

 伊達市に存在する鉄骨造陸屋根3階建店舗(昭和51年12月建築、以下「本件建物」)の所有者が、伊達市長によって決定された固定資産税家屋の平成9年度の価格を不服として、伊達市固定資産評価審査委員会に審査の申出をしたところ棄却決定され、それに対する不服として札幌地裁に提訴したことから始まります。

 そもそも原告(以下「B」とする)は、本件建物を昭和62年の競売(競売鑑定評価額1237万2000円)で取得したものですが、平成9年度の伊達市長の固定資産評価額は3008万3044円と決定されていました。

 第一審の札幌地裁(平成10年11月17日判決)での原告・Bの主張は、本件建物の価格が3000万円を超えることは納得できない、というものでした。

 これに対して、札幌地裁は「平成9年度の固定資産税評価額は、固定資産評価基準に従って算出されたものであるから、特段の事情のない限り、本件建物の価格は適切である」と原告・Bの敗訴となっています。

 

札幌高裁の判決

・判決日:平成11年6月16日
・控訴人:B
・被控訴人:伊達市長
・判決:控訴人・B勝訴

 第二審の札幌高裁(平成11年6月16日判決)では、控訴人・Bが不動産鑑定書(以下「F鑑定書」とする)を提出し、平成9年1月1日の鑑定評価額を1895万円としました。

 これに対して、札幌最高裁では、同鑑定書に則って本件建物の「適正な時価」を認定するのは相当である、として控訴人の請求を容認する(控訴人・Bの勝訴)との判決がされました。

 
 この後、最高裁第二小法廷で、札幌高裁に差し戻され、差戻し後の札幌高裁では、Bの控訴が棄却(伊達市長の勝訴)されています。(詳細は後述)

 ところで、最高裁及び差戻し後の札幌高裁の内容に入る前に、このB所有の本件建物の固定資産評価基準による家屋評価が「総合比準方式」により行われていますので、この内容を説明します。

家屋評価の「比準評価方式」

 固定資産家屋の評価方法は再建築価格方式ですが、ここで再建築費評点数を求める方法としては、古くから①部分別による再建築費評点数の算出方法と②在来分の家屋に係る再建築費評点数の算出方法でした。

 
 上記の2つの再建築費評点数の算出法は、古くからあったものですが、実は、昭和39年度の固定資産評価基準において、①の「特例として標準家屋の再建築費評点数に比準して求める方法」が位置づけられ、昭和42年度から「基本的な方法としての総合比準評価方法」として位置づけられました。これは、複雑な再建築価格方式を解決しようとの考えからの追加でした。

 さらに、平成12年度から、部分別比準評価と総合比準評価の中間的な評価方法を評価基準上可能とするため、両者が統合された「比準による再建築費評点数の算出方法」が定められました。(「総合比準評価」との名称ではなくなりました。)

 この「比準による再建築費評点数の算出」は、次の方法により行います。

当該市町村に所在する家屋を、その実態に応じ、構造、程度、規模等の別に区分し、それぞれの区分ごとに標準とすべき家屋を標準家屋として定める。
標準家屋について、部分別評価により再建築費評点数を付設する。
評価対象家屋の再建築評点数を、当該家屋が属する区分における標準家屋の各部分別の使用資材、施工量等の相違を考慮し、標準家屋の再建築費評点数に比準して付設する。

最高裁の判決

・判決日:平成15年7月18日
・上告:伊達市長
・被上告人:B
・判決:札幌高裁へ差戻し

「伊達市長が本件建物について評価基準に従って決定した前記価格は、 評価基準が定める評価の方法によっては再建築費を適切に算定することができない特別の事情又は評価基準が定める減点補正を超える減価を要する特別の事情の存しない限り、その適正な時価であると推認するのが相当である。」

「F鑑定書が採用した評価方法は、評価基準が定める家屋の評価方法と同様、再建築費に相当する再調達原価を基準として減価を行うものであるが、原審は、F鑑定書の算定した本件建物の1当たりの再調達原価及び残価率を相当とする根拠を具体的に明らかにしていないため、原審の前記説示から直ちに上記特別の事情があるということはできない。そして、原審は、上記特別の事情について他に首肯するに足りる認定説示をすることなく、本件建物の適正な時価が2606万円程度を超えるものではないと判断したものであり、その判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、 原判決は破棄を免れない。そして、本件決定の適否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」

 
 つまり、札幌高裁では、控訴人・BのF鑑定書により提示された評価額が認められたのですが、最高裁では「F鑑定書には固定資産評価基準が定める再建築費の算定や減点補正を超える減価を要する特別の事情が明らかにされていない」として、高裁判決が破棄され差し戻された訳です。

差戻し後札幌高裁の判決

・判決日:平成16年4月27日
・控訴人:B
・被控訴人:伊達市長
・判決:控訴人・B敗訴

「伊達市長は、本件建物について固定資産評価基準に定める総合比準評価の方法に従って再建築費評定数を算出したところ、この評価の方法は、再建築費の算定方法として一般的な合理性があるということができる。また、 評点1点当たりの価額1.1円は、家屋の資材費、労務費等の工事原価に含まれない設計管理費、一般管理費等負担額を反映するものとして、一般的な合理性に欠けるところがない。そして、鉄骨造り(骨格材の肉厚が4mmを超えるもの)の店舗及び病院用建物について固定資産評価基準が定める経年減点補正率は、 この種の家屋について通常の維持管理がされた場合の減価の手法として一般的な合理性を肯定することができる。」

「そうすると、伊達市長が本件建物について固定資産評価基準に従って決定した前記価格は、固定資産評価基準が定める評価の方法によって再建築費を適切に算定することができない特別の事情又は固定資産評価基準が定める減点補正を超える減価を要する特別の事情の存しない限り、その適正な時価であると推認するのが相当である。」

「よって、原判決の結論は相当であり、本控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。」

 
 なお、上記の札幌高裁の判決は、平成16年11月2日の最高裁で決定されています。

不動産鑑定評価は通用するか(まとめ)

 以上、前回と今回で「固定資産評価基準による個別評価に不動産鑑定が通じるか」を見てきましたが、固定資産税の全国の土地約1億8千万筆、家屋約6千万棟が評価・課税されていますが、これら個別の土地、家屋に対して市町村の税務窓口に不動産鑑定書(意見書)をもって修正を求めることを認めるとなると、税務関係課では混乱になることも想定できます。

 ただし、土地であれば、仮に固定資産評価基準の適用が誤っている場合、その基準のレールに載せるための鑑定書(意見書)も有り得るとは思いますが、あくまでも評価の基本は固定資産評価基準によることとされています。
 
2022/06/29/16:00
 

 

(第74号)固定資産税の個別評価に不動産鑑定が通用するか(土地編)

 
(投稿・令和4年6月-見直し・令和7年3月)

 今回と次回で、固定資産評価基準により行われる固定資産税の個別評価に対して、不動産鑑定評価がどこまで通用するかを確認するための裁判事例の紹介です。

 今回は、土地に関する裁判例になります。

 なお、第35号「固定資産税土地評価における不動産鑑定の役割について」で、土地に関する固定資産評価基準と不動産鑑定評価の役割や相違を解説しています。

 
 土地に関する判決で今回の紹介は、「府中市固定資産評価審査委員会決定取消請求事件」です。

訴訟関係の経緯

  原告(以下「A」とする)の住む東京都府中市内の甲団地周辺一帯の都市計画は建蔽率60%・容積率200%であるものの、Aの敷地部分(街区)は都市計画法11条1項8号により「一団地の住宅施設」に指定され、建蔽率20%・容積率80%となっています。

 府中市長は、この敷地に対しては建蔽率60%・容積率200%による価格を固定資産税土地課税台帳に登録しており、Aは府中市固定資産評価審査委員会に対して審査申出を行ったところ棄却決定され。、これに対してAが東京地裁に不服を訴えた案件です。

 この訴訟では、東京地裁及び東京高裁ともAが敗訴し、最高裁に上告した結果、最高裁は東京高裁に差戻し、差戻し後の東京高裁でAが勝訴となり、最高裁で決定されています。

 なお、最高裁が差戻した主な理由は、東京地裁、東京高裁ともに「一団地の住宅施設」の建蔽率20%・容積率80%の土地に対する府中市の登録価格が、不動産鑑定評価での評価額により登録価格は問題無いと判断されているのみで、固定資産評価基準による状況類似地域、標準宅地、主要な路線価の設定等について十分な審理が尽くされていない、との判断がされています。

東京地裁の判決

・判決日:平成22年9月10日
・原告:A
・被告:府中市長
・判決:原告・A敗訴

 Aは審査申出の棄却決定に至る府中市審査委員会の審査の手続に違法があること、本件決定に係る決定書に違法があることなどを主張したが、東京地裁は、これらの主張を採用せず、控訴人の請求をいずれも棄却しました。

 

東京高裁の判決

・判決日:平成23年10月20日
・控訴人:A
・被控訴人:府中市長
・判決:控訴人・A敗訴

 Aは、原審の上記判断を不服として東京高裁へ控訴し、甲団地は「一団地の住宅施設」とされているため、本件敷地部分については、建蔽率20 %・容積率80 %と、より厳しい本件制限があるにもかかわらず、これを地域要因として全く考慮しないで決定された本件敷地登録価格は違法であるなどと主張したものの、東京高裁は、「本件敷地登録価格の決定の適法性の判断については、適正な時価を超えているかどうかを検討すれば必要かっ十分であり、本件敷地部分の平成21年度の賦課期日における適正な時価はその登録価格を上回るものと認められ、本件敷地登録価格の決定は違法ではない」と判断してAの控訴を棄却しました。

 

最高裁の判決

・判決日:平成25年7月12日
・上告人:A
・被上告人:府中市長
・判決:東京高裁差戻し

「土地の基準年度に係る賦課期日における登録価格の決定が違法となるのは、当該登録価格が、①当該土地に適用される同法388条1項所定の固定資産評価基準(以ド「評価基準」という。)の定める評価方法に従って決定される価格を上回るときであるか、あるいは、②これを上回るものではないが、その評価方法が適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものではなく、乂はその評価方法によっては適正な時価を適切に算定することのできない特別の事情が存する場合であって、同期日における当該土地の客観的な交換価値としての適正な時価を上回るときであるということができる。」

 「本件敷地登録価格の決定及びこれを是認した本件決定の適法性を判断するに当たっては、本件敷地登録価格につき、適正な時価との多寡についての審理判断とは別途に、上記①の場合に当たるか否か(建蔽率及び容積率の制限に係る評価基準における考慮の要否や在り方を含む。)についての審理判断をすることが必要であるところ、原審はこれを不要であるとしてこの点についての審理判断をしていない。」

「また、上記②の場合に当たるか否かの判断に当たっては、本件敷地部分の評価において適用される評価基準の定める評価方法が適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものであるか、その評価方法によっては適正な時価を適切に算定することのできない特別の事情があるか等についての審理判断をすることが必要であるところ、原審は、評価基準によらずに認定した本件敷地部分の適正な時価が本件敷地登録価格を上回ることのみを理由として当該登録価格の決定は違法ではないとしており、これらの点についての審理判断をしていない。」

「上記の各点について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。」

 

差戻後の東京高裁判決

・判決日:平成26年3月27日
・控訴人:A
・被控訴人:府中市長
・判決:控訴人・A勝訴

 この差戻し後の東京高裁判決では、詳細に一団地の住宅施設の敷地の土地評価について固定資産評価基準により評価されるべきとの趣旨の判断がなされた上で、府中市(固定資産評価審査委員会)による審査申出棄却決定の取消しを認める判断(控訴人勝訴)がされています。

「本件土地の登録価格の決定は、本件制限が減価要因として考慮されておらず、仮に本件制限を減価要因として適切に考慮した場合の本件敷地の登録価格は、実際に府中市長によって決定された本件敷地登録価格よりも下回るものとなるはずであり、府中市長によって決定された本件敷地登録価格は、本件敷地部分に適用される評価基準の定める評価方法に従って決定価格を上回るものであると認められる。したがって、本件敷地登録価格は、標準宅地の適正な時価の設定が適切になされたものとはいえず、本件敷地登録価格の決定及びこれを是認した本件決定は、この点を看過した違法なものであるから、本件決定の取消しを求める控訴人の請求には理由があるというべきである。」 

 
 なお、上記の東京高裁の判決は、平成26年9月30日の最高裁で決定されています。

不動産鑑定による証明の問題点

 本件の訴訟では、A側も府中市長側も不動産鑑定士による鑑定書により主張している部分がありますが、この訴訟が「固定資産評価基準による個別評価に不動産鑑定が通じるか」が論点になっていないように感じると思いますが、平成25年7月12日の最高裁判決文をよく読んでみますと、真意がどこにあるかが分かります。
 この最高裁判決は、裁判官全員一致による東京高裁への差戻しですが、千葉勝美裁判官が補足意見として<鑑定意見書等により登録価格を修正することの問題点>を述べられていますので、一部を掲載します。

<千葉勝美裁判官の補足意見>
「課税を行う市町村の側としては、このようにして所有者名義人から提出される鑑定意見書等が誤りであること、算出方法が不適当であること等を逐一反論し、その点を主張立証しなければならなくなり、評価基準に基づき画一的、統一的な評価方法を定めることにより、大量の全国規模の固定資産税の課税標準に係る評価について、各市町村全体の評価の均衡を確保し、評価人の個人差による不均衡を解消することにより公平かつ効率的に処理しようとした地方税法の趣旨に反することになる。」
 
2022/06/27/10:00
 

 

(第73号)固定資産税評価の再建築価格方式と不動産鑑定評価の原価法との相違

 
(投稿・令和4年6月-見直し・令和7年3月)

 固定資産税家屋の評価方法は再建築価格方式ですが、この方式は不動産鑑定評価の原価法と同一の考え方になります。詳細な方法は異なりますが、基本的な考え方はほとんど同じです。

 なお、不動産鑑定評価では家屋という用語ではなく建物との呼び名を用いていますので、固定資産税評価では家屋、不動産鑑定評価では建物としますが、内容は全く同じものです。

固定資産税と不動産鑑定の評価計算

 まず2つの評価計算を図で比較します。

固定資産税の在来家屋評価

 固定資産税の在来(中古)家屋評価については、第57号「固定資産税の在来(中古)家屋の評価がなぜ下がらないのか」で説明してあります。

 
「在来中古家屋の評価方法(固定資産税)」

不動産鑑定評価の中古建物評価

 不動産鑑定評価での中古建物の評価は、価格時点において新しく新築した建物を想定し、その建物の評価を行い経年減点補正等を行って中古建物の評価額を求めます。
「中古建物の評価方法(不動産鑑定)」

 これを見ていただきますとお分かりになると思いますが、固定資産税評価の場合は、すでに新築時の評価から積み上げられていますが、不動産鑑定評価では評価時点(価格時点)で初めて中古建物を評価する方法になっています。

不動産鑑定評価の原価法とは

 まず不動産鑑定評価の原価法について解説します。

 不動産鑑定評価基準に「原価法は、価格時点における対象不動産の再調達原価を求め、この再調達原価について減価修正を行って対象不動産の試算価格(積算価格)を求める手法である。」とあります。

 原価法による価格(積算価格)=再調達原価-建物減価額

 通常、不動産鑑定評価の原価法では、建物及びその敷地の場合ですが、建物のみの評価も可能です。
 また、不動産鑑定評価は、建物が中古である場合の評価がほとんどです。

原価法の再調達原価とは

 ここで再調達原価とは、「対象不動産を価格時点において再調達することを想定した場合において必要とされる適正な原価の総額をいう。」(不動産鑑定評価基準)とされていて、固定資産税評価の再建築価格とほぼ同じ概念となります。

 つまり、不動産鑑定評価の原価法では、中古建物であっても、価格時点におけるその建物の新築相当額を求める訳です。今ある中古の建物と同じものを、価格時点で仮に新築したら評価額はいくらになるか、これが不動産鑑定評価の原価法の再調達原価です。

 この中古建物の再調達原価額を求めるにあたっては、建築士の意見や参考資料等を基にして不動産鑑定士が判断していきます。

原価法の減価額とは

 不動産鑑定評価の原価法では、次に減価額を求めますが、方法としては「耐用年数に基づく方法」と「観察減価法」の2通りあります。

「耐用年数に基づく方法」

 「耐用年数に基づく方法」は、「対象不動産の価格時点における経過年数及び経済的残存耐用年数の和として把握される耐用年数を基準として減価額を把握する方法」(不動産鑑定評価基準)です。

 経過年数を踏まえ、また現在の中古建物を観察したた上で、その建物があと何年使用可能かを判断する、これが経済的残存耐用年数です。
 なお、不動産鑑定評価基準には、固定資産税の「経年減点補正率基準表」のような基準表はありません。

 「耐用年数に基づく方法」=経過年数÷(経済的残存耐用年数+経過年数)

 なお、この「耐用年数に基づく方法」の経済的残存耐用年数の適用にあたっては、当該建物を躯体、仕上、設備に分けて、構造上の割合と年数を決めていきます。

「観察減価法」とは

 「観察減価法は」、「対象不動産について、設計、設備等の機能性、維持管理の状態、補修の状況、附近の環境との適合の状態等各減価の要因を調査することにより、減価額を直接求める方法」(不動産鑑定評価基準)です。

 これは名称のとおり、現在の中古建物を観察して、不動産鑑定士が減価割合を決めていきます。

 不動産鑑定評価の原価法では、この「耐用年数に基づく方法」と「観察減価法」を併せて減価額を求めます。

 なお、土地と建物一体を原価法で評価する場合には、減価方法として「建物及びその敷地の減価額」がありますが、今回は建物のみの原価法の説明です。

 それでは、ここに軽量鉄骨造2階建て共同住宅、築年数20年の場合を想定した原価法の計算例を掲げます。

「原価法の計算例」
 
2022/06/21/21:00